火葬場で遺骨を持ち帰らない「ゼロ葬」は可能か
最近は、葬儀も簡素化されることが多く、お通夜を省略したり、葬儀はごく親しい人だけで行ったり、お通夜も告別式も開かず火葬だけを執り行うなどの方式も増えてきました。そして、葬送の方法として最も簡素化されたものと言っても良いのがいわゆる「ゼロ葬」と呼ばれるものです。
この記事では、「ゼロ葬」とはなにか、また実際に「ゼロ葬」を行うことはできるのかなどについて説明してきます。
≪目次≫
ゼロ葬とは
ゼロ葬とは、火葬を行った後、火葬場から遺骨を引き取らないというものです。火葬後のお骨拾いで骨壺に納めることもなく火葬場に遺骨の処分をまかせてしまう方法で、究極的に簡素な葬送方法ともいえるでしょう。
このゼロ葬は、宗教学者の島田裕巳氏が2014年に出版した『0葬 ――あっさり死ぬ』という著書で、「もはや葬式やお墓に多額の費用をかける必要はない、死者を葬り弔うことへの意識は変化していくものだ」という主旨で提唱された「0葬」がもとになっているといわれています。
2016年にはNHKのクローズアップ現代+が『あなたの遺骨はどこへ ~広がる“ゼロ葬”の衝撃~』と題した番組を放送したことから、「ゼロ葬」という言葉の知名度は上がったものと思われます。この番組の中ではゼロ葬を「家族が葬儀もせず、遺骨も引き取らない、墓も作らないこと」として紹介しています(参照:あなたの遺骨はどこへ ~広がる“ゼロ葬”の衝撃~ – NHK クローズアップ現代+ )。
ゼロ葬のニーズとは
もともとゼロ葬は、高価な葬儀代をかける日本の葬式は本当に必要なのかといった問題意識をもとに、多死社会の中で自身や周囲の死後に対する不安を解消する趣旨で提唱されたものだと思います。したがって、個々人の死生観や宗教観、そして残されて生きていく人たちへの配慮などによって支持されていくようなものなのでしょう。
しかし、実際のゼロ葬のニーズはもう少し別のところにあるようです。その主なものは、故人との人間関係が希薄であることなどです。
考えられるのは、長期にわたり別居しており疎遠になっていた夫が孤独死をしたことで妻がが引受人になってしまったようなケースです。また、両親が離婚後、音信不通になっていた父親が孤独死をして子どもの遺体の引受人になったような場合、つき合いのなかった親戚が他の身寄りがなく亡くなった場合なども同様です。これらの場合、感情的に故人を弔いたいという気持ちが生じない場合もあるでしょうし、葬送や供養に関する金銭的負担をしたくないという場合もあるでしょう。故人がお金を残していないような場合には特に問題になります。
「葬る」とか「弔う」といった行為は、死者を想う人がいてはじめて成り立つものですから、生前の人間関係によっては葬送をする主体が存在しないということもありうることです。関係が希薄であったり、険悪な関係であるような場合に、負担を負ってまで供養をしたくないという考えになることは仕方ないことなのかもしれません。
もちろん、他にも積極的な意味でゼロ葬を選択するという場合もあるでしょう。故人の遺志でゼロ葬を望んでいるような場合もありえますが、そこまで徹底した遺志を残している人はまだ稀だと思われます。
ゼロ葬は可能なのか。火葬場で遺骨の引き取りをしないこと(収骨拒否)はできるか。
それでは、故人の遺志でゼロ葬を望んでいた場合や遺族の事情でゼロ葬を選択したいという場合、それは現実的に可能なのでしょうか。
この問題は火葬場で遺骨の引き取りを拒否すること(収骨拒否)ができるのかどうかにかかっています。
そもそも遺骨は全部引き取らなければならないのか
一般的に、火葬場で火葬を行った後には、お骨拾いをして骨壺に焼骨を納めます。ただ、骨壺に納める焼骨の量は地域の慣習によって異なり、一般的に東日本ではすべての遺骨を拾って骨壺に納める「全収骨」、西日本ではのど仏などの主な遺骨だけを拾って骨壺に納める「部分収骨」が行われています。ちなみに東日本と西日本の境界にあたる愛知県などでは、その中でも全収骨と部分収骨のいずれになるのかは地域によって異なるようです1 。
したがって、部分収骨を行っている地域では、一般的な葬儀を行う場合であっても遺骨の一部は火葬場に残していくことになります。また、全収骨を行う場合であっても骨壺に入りきらない遺骨を火葬場に残していくこともあります。また、物理的にすべての遺骨をわずかでも残さないということはほぼ不可能ですので、常に遺骨の一部は多少なりとも火葬場に残っているということです。どの火葬場でも残骨灰は出るものです。
このように、遺骨の一部を火葬場に残すことが珍しいことでないのであれば、遺骨の全部を火葬場に残すことも簡単だと思えてきますが、現実はそうではありません。
収骨拒否の可否は自治体や火葬場によって異なる
火葬場から遺骨を引き取らないで帰ること(収骨拒否)ができるかどうかは火葬場条例や火葬場運営規則 2などによって異なります。
収骨拒否の可否は火葬場条例や火葬場運営規則で定められている
火葬場の設置や運営方法は、国の一定の基準の下、各自治体に任せられており、各自治体はそれぞれ火葬場条例や火葬場運営規則などによって細かい運営方法を定めています。収骨の義務についても定められていることがほとんどです。
条例などで収骨義務のある自治体ではゼロ葬は不可能
この火葬場条例の内容は自治体によって異なりますが、「火葬炉を使用した者は、火葬の終了後、直ちに焼骨を収骨し引き取らなければならない」などと定められていることも多く、このような自治体では遺骨の全てを火葬場に残して帰ることは基本的に許されません。また、条例で収骨義務を定めていなくても、各火葬場の規則として収骨を義務付けている場合もあります。
このような火葬場では、ゼロ葬を行うことは不可能だということになります。
ゼロ葬可能な火葬場であっても遺骨処理に費用がかかる
一方で、利用者が収骨を拒否することを想定している自治体・条例もあります。このような火葬場のある地域ではゼロ葬を行うことは可能でしょう。
ただし、収骨を拒否すれば済むというわけではなく、そのような場合には火葬場設置主体(市長など)から遺骨処分にかかる費用の負担を求められるというのが通常です。残していった遺骨は単に廃棄されるわけではなく、自治体所定の手続きにしたがって自治体の運営する合葬墓や無縁墓などに埋葬されます。これにかかる費用が遺族に請求されることになるということです。
西日本ではゼロ葬をやりやすいというのは本当?
全収骨か部分収骨かという地域差との関連で、ネットの記事などでは「西日本では部分収骨が一般的なので火葬場が遺骨を引き取ることに寛容でゼロ葬がやりやすい」などと書かれていることがあります。
しかし、実際には東日本においても収骨拒否ができる火葬場があり、西日本でも遺骨全部の収骨拒否はできない火葬場があります。正直、すべての自治体について調査をすることは物理的に不可能なのですが、「東日本では必ずできない、西日本では必ずできる」といった事実がないことは確かです。結局自治体や火葬場ごとに対応が異なるので、もしゼロ葬を行おうとするのであれば、事前に火葬場に直接問い合わせることが大切です。
ゼロ葬可能な火葬場を探して依頼することは現実的か?
利用しようとしている火葬場が収骨拒否を認めてくれずゼロ葬に対応していない場合には、ゼロ葬可能な火葬場を探して依頼すれば良いのではないかと考える人もいるでしょう。
しかし、多くの公営火葬場は、その自治体の住民に対する行政サービスとして火葬を行っているため、その自治体の住民以外については利用料が高額になる場合がほとんどです。また、多死社会を迎えた今日、各火葬場は常に混雑しており 3、その自治体の住民以外の利用を受け入れる余地がない場合もあります。さらに、遠方の火葬場を利用するには、遺体をそこまで運ぶための輸送費も別途かかることになります。
このようなことからすると、近隣の火葬場がゼロ葬に対応していないからといって、遠方にあるゼロ葬対応の火葬場を使うことは費用面や手間などの点で現実的ではありません。普通に遺骨を引き取った上で、安価なご遺骨の供養方法 4を考えた方が、金銭的な負担が少なくて済む場合も多いでしょう。
ゼロ葬の今後
死生観や宗教観、家族観などの変化に伴い、今後ゼロ葬への支持が高まる可能性はあるかもしれません。また、考え方や意識の変化だけでなく、経済動向などによっては金銭的負担の面でゼロ葬が注目されるようなことも起こり得ます。
この記事は、ゼロ葬を推奨する趣旨で書いたのではありませんが、葬送の方法は故人や遺族などの個人の選択として尊重されるべきだと思いますので、ゼロ葬も選択できるような仕組みに変化していくことには反対ではありません。もちろん、「供養方法としてそれで良いのか」という死生観や宗教観などからの批判もあるでしょうが、現実にゼロ葬を望む人ややむなく選択する人がいる以上、従来の供養方法だけが正しいものとするのではなく議論を重ねていく必要があるだろうと思います。
しかし、それよりも大切なのは、故人との関係における感情的な面であれ、経済的な負担の面であれ、さまざまな事情を抱えた人が不安なく葬送を行えるような社会基盤が整備されていくことだと思います。
すべての自治体がすぐにゼロ葬に対応すべきだというつもりはありませんが、少なくとも誰もが安価に安心して利用できる合葬墓の整備などは各自治体ともにぜひ進めていただきたいものだと思います。
誰もが安価に選択できる葬送の方法を模索中です。また法律・条例や社会的ルールが向かうべき方向についても日々勉強しています。